自転車ー脱自動車社会の為に

コロナで需要が増えた物の一つに自転車があるそうです。以前そういう話を聞いたことがありますが、その増加を本物とするために少し考えてみようではないですか? 本HPで繰り返し主張しているのは、脱東京・脱自動車社会・脱高層ビルですから。これらを脱却しない限り、いくら脱炭素を政府主導で叫んでも、持続可能社会は訪れないのですから。

ビワイチ

今年60歳になった家内と、ビワイチに挑戦しました。ビワイチとは聞き慣れない言葉と思いますが、京都のお隣の滋賀県人は皆知っていると思います。琵琶湖一周のことです。歩いて一周しても良いのでしょうが、周囲200kmの琵琶湖を一周するのは現代人の足では少し難しいかなと。で、現実には自転車で一周するのですが、歩いて一周したり、ボートで一周したりも面白そうですね。自動車だけはつまんないですが。
 実は琵琶湖一周には、学生の頃からあこがれがありました。琵琶湖周航の歌ー加藤登紀子の歌として知っている人も多いかも知れませんが、もともとは第三高等学校ボート部の歌でした。「我はうみの子、さすらいの、旅にしあれば しみじみと」学生時代の寮生活で折に触れて歌ったものです。

滋賀県主導のビワイチ

自転車での琵琶湖一周はいつ頃から始まったのか、また多くの人が試みるようになったのか、良く知りませんが、滋賀県も県の事業として勧めているようです。滋賀県の高校生など若い人は、一日でビワイチを達成するそうです。平均時速15kmでこぐとすれば、13時間ちょっとで200kmを走行可能ですから、若い人には良い経験なのだと思います。富山の友人に昔聞いたことには、若いうちの立山登攀が習わしだそうですから、同じような郷土の誇りなのかも知れません。しかし多くの人は途中一泊して、二日がかりでビワイチを達成するそうです。
 しかし私たちは74歳と60歳の老夫婦です。そんなまねは出来るわけもない。でもゆっくり廻ると面白そうだからと、計画を立てました。また多くの人はスポーツサイクルを準備して、如何にも自転車こぎという服装をして当たるのですが、私自身もうスポーツサイクルは自信ないし、乗り慣れた自転車で試みることにしました。昔通勤で使ったりした折りたたみ自転車を使っう計画です。
 あれやこれや計画の段階から面白かったのですが、ビワイチは滋賀県が主導していることも解り、計画が段々本気になってきます。実際走行してみて、滋賀県が押すビワイチの道路が、路上に示してあったことは実行に当たって大変役に立ちました。
 京都市では赤茶色のペンキで自転車道を示してあります。滋賀県では青色で自転車道が示されます。若い人向けの短時間でのビワイチ達成には高速で走る必要があります。それには高速で自動車主要道路も走らなければなりません。一方家族づれや我々みたいな老人は、むしろ低速でビワイチを「楽しむ」のが目的なので、湖畔を出来れば通り、眺めを楽しみながら走行したいと思うわけです。そのような要望を取り入れ、ビワイチ高速線、ビワイチ低速線双方が路上に示されています。これはなかなか良いアイデアです。

古戦場で有名な賤ヶ岳を背後にした峠から見る琵琶湖。ビワイチの路線が青く道路上に示されている。日本の原点とも言うべき自然に包まれ、歴史を偲ぶ貴重な体験ができます。

ビワイチ実行

九月下旬、まだ夏の暑さが残る日に、ビワイチを開始しました。五泊の予定で、あらかじめ宿をすべて予約しての実行です。
 初日はあいにく雨の予報。晴れていたら三条京阪で自転車をたたみ、袋に詰めて地下鉄に乗り、滋賀県琵琶湖浜大津まで電車を使い、そこで自転車を組み立て、第一日の走行を実行する予定でした。天気予報を見てそれを切り替え、自転車をこいで近くの郵便局に直行。顔見知りの局員さんにこれを最初の宿泊地に郵送したいとお願いし、京阪三条駅ならぬ近くの郵便局前で自転車をたたみ袋に詰めます。そんなになるんですねと面白がる局員さんが縦横高さを測り、ぎりぎりセーフですということで、自転車は郵送ルートに。当日は琵琶湖大橋を渡ったところで一泊する予定だったので、自転車の代わりに電車と送迎バスを使って移動。宿のフロントで自転車を受け取り、組み立て直します。ビワイチは試みる人も多く、琵琶湖畔の宿舎ではすべて自転車置き場が整備されています。
 次の日は晴れ。天気晴朗なれども風強し。というわけで勇んでホテルを出発。向かい風に煽られ苦心しながらも6時間ほど走行。途中の農家でブドウ狩りを楽しむ。これがまたうまい。琵琶湖は琵琶湖大橋の東岸には草津、西岸には大津があって都会でもあるし、また道路上の車も多く、車道を走ると怖いくらいな感じの道もありますが、琵琶湖大橋の北は自動車も徐々に減少していきます。湖畔の道は湖面に沿っているから、あまり上り下りはないと踏んでいたのが、ほぼ当たりましたが、予想外は川が多いこと。川にはもちろん橋が架かっており、その橋が水害などの対策もあるのでしょう。真ん中が高く両詰めが低い形です。そのたびに上り下りが少し応えます。
 慣れない初日に出会った事もあって、強風にもかなり悩まされましたが、その日は彦根のホテルに一泊です。
 あれやこれやで、結構楽しめた五泊六日の旅でした。クライマックスは長浜から今津までの50kmあまり。琵琶湖東岸の長浜から、琵琶湖最北端を通過し琵琶湖西岸の今津まで。毎日が左手にうみを見て、右手に山を見る景色。琵琶湖周航の歌を思い出します。
   波のまにまに 漂えば 赤い泊り火 なつかしみ 行方定めぬ 波枕 今日は今津か 長浜か
   矢の根は深く 埋もれて 夏草繁き 堀のあと 古城に一人 たたずめば 比良も伊吹も 夢のごと
 山とうみの自然に抱かれ、長い日本史に思いを寄せる旅でした。
 もっと紀行文らしき文を南駄老ブログに近いうち投稿しようと思います。

今津の北にある曼珠沙華群生地。ビワイチはゆっくり楽しむに限る。

ビワイチを皆でそして各地に

 ビワイチを実行して、ビワイチは会でも推奨すべき、一つの方向を示していると感じました。ビワイチは元気であれば、老人でも参加できるアイデアです。むしろ定年後、多くの人がビワイチを楽しみ、日本人の心の原点を考えることで、老後という時間を有効に活用できるのではないでしょうか? コロナ・ウクライナ侵攻・安倍元首相暗殺・その後の統一教会問題など、暗いニュースが重なる今こそ、日本人の心の原点を知ることが、未来に向けて必要な時ではないでしょうか?
 そしてそれをモデルにして、各地に自転車専用道路の整備を進めるのが良いのではないでしょうか?
 ビワイチで自転車と自動車の共存を見た思いがしました。自動車は東京では交通法規は守るけど、人に冷たい乗り物であることを、強く感じておりました。東京特有の法規を守ればあとは知らん、イケイケドンドンです。東京で自転車通勤をすると、余裕無く走行し次々と当然のように追い抜いていく自動車の群れの恐怖をつくづく感じます。一方ビワイチが知れ渡っている滋賀県では、運転手に依りますが、多くのトラックや自動車が、自転車の存在に、気を遣ってくれる気がします。自転車を邪魔者ではなく仲間として見てくれているのです。
 住民の方もそうです。長浜から今津当たりは、住居もまばらになってくるのですが、有るお宅の前の狭い道路を通過しなくてはいけないとき、ちょうどそのタイミングでお宅の門が開いて住民の方が出てこられたのです。こちらとしては住民の方に「ごめんなさい」と思わず声をかけましたが、そのタイミングで住民の方も声をかけられました。私の声と同時だったので、その時は何と言われたか解らなかったのですが(これって年の証拠、一度に二つは理解できない)、もう一度繰り返された言葉は「こんにちわ」でした。思わず私も「こんにちわ」と返しましたが、道路を共有する隣人を感じさせる挨拶でした。道路は人の物です。皆の物です。自動車の物ではないと、強く思った五泊六日の旅でした。