太陽エネルギーと化石燃料消費の数値的比較

 このページでは、地球全体に降り注ぐ太陽エネルギーと、全世界で人類が消費する化石燃料の、一秒間での量の比較を行います。どちらが何倍多いのか、同じ一秒間ですから、基本的には一年間でも同じことです。太陽エネルギーは常に地球に降り注ぎ、一方人類は絶えず化石燃料を使い続ける。化石燃料社会が終了するまで。
 その比較は簡単に比較的簡単にできます。しかし文献ではまともにそのような計算をしたのが見つかりません。そこでその計算を初めて示したのは、拙著「文系人のためのエネルギー入門」の中でした。ここで改めてその計算を誰にでもわかるよう示したいと思います。
 法政大学市ヶ谷キャンパスで、文系学生に「物理学を中心とした自然科学」教育に携わっていた私は、最初の一般向け著作「重力の物理学」において、ケプラーの法則と地上の放物体の運動から中学生レベルの数学で万有引力の法則を導くことができることを示しました。言うまでもなく、ガリレオの「地上での重力による諸現象の研究」と、ケプラーの「宇宙での惑星の運動」を統一したのがニュートンの「万有引力の法則」であり、それまで別物と思われていた地上の現象と天体の現象がともに同じ法則に従っていることを示したのが、ニュートンの最大の業績であり、近代合理主義的世界観の土台を与えることになったのですが、それを単に話だけで示すのではなく、実際に論理的に納得してもらうためには、文系人でもわかる数学を使わなければならないと思って、それなりに苦心して発見した万有引力の法則の導入法でした。
 その後、文系人のために物理学者として提供しなければならないのは何かを考えたとき、折から問題になりかけていたCO2に排出による地球温暖化との関連で巷に話題に上る「エネルギー」について、その議論が「エネルギー保存則」を無視したような議論ばかりが通用することに対して、「エネルギーに対する正しい知識」を持ってもらうことが大切だと、出版させて頂いたのが「文系人のためのエネルギー入門」でした。
 この本をちょうど脱稿しようとしたとき起こった事件が、東日本大震災とそれに引き続く福島原発事故でした。そのとき流れるニュースでは、エネルギーに関する知識が全く頓珍漢で、間違った情報が平気で流されていました。それについては、「文系人・・・」の前書きに書いておきましたから繰り返しません。
 ただこの本の存在意義は今も変わらないと思います。文系人の方々が、今でも平気で物理的に見てそれはおかしいよという意見を、堂々と天下のテレビ放送で流している実態は今も本質的に変わっていないからです。
 このページは、「文系人・・」の書評をゆうこたなかさんが、「とても面白いが難しすぎる」とアマゾンで書いておられるのに対して、反省の意味を込めてこのページを書く必要を感じたからです。難しいとはこの書物の計算にあるようです。文系人にわかる計算を心掛けてきた筆者の重大なミスです。
 さまざまな計算を「文系人・・」では行っていますが、計算が難しいと感じられるのは、結局天文学的数字の取り扱いにあると思います。何故ならこの本で使っているのは、円の面積の公式とか、一秒あたりのエネルギー消費(パワー)とか、基本的に掛け算割り算をやっているに過ぎないからです。そこでこのページでは天文学的数字の取り扱いについて記していきます。

天文学的数字の取り扱い説明書

ー太陽エネルギーと化石燃料消費の数値的比較を例としてー

中学校数学の復習

まず中学校の数学で習うことの復習です。

掛け算と割り算

掛け算の順序は変えて良い
   $$ a \times b = b \times a$$    
例えば 3×2=2×3 ですね。
また掛け算では
$$ (a \times b) \times c = a \times (b \times c) = a \times b \times c $$
最初の式を交換律・二番目を結合律と言って、掛け算の計算の大切な性質です。要は掛け算だけの場合、順番はどこからやってもいいよということです。
次に割り算は分数で表すことができます
   $$ a \div b = \frac{a}{b} $$
分数同士の掛け算では
   $$ \frac{a}{b} \times \frac{c}{d} = \frac{ a \times c} {b \times d} $$
この式は逆方向に使うことも多い。事実後に$10^n$の計算で逆方向に使います。
また分数の割り算では、割る側の分数の分子分母を入れ替えることで掛け算となりました
   $$ \frac{a}{b} \div \frac{c}{d} = \frac{a}{b} \times \frac{d}{c} =\frac{ a \times d} {b \times c} $$
これで割り算が入った掛け算は、分数で書くと分子と分母での掛け算となり、当然分子と分母内ではそれぞれ掛け算の法則が成り立ち、順番を気にしないでいいよということがわかります。

累乗と指数計算

   $$ 1 \times a \times a = a^2 $$
   $$ 1 \times a \times a \times a= a^3 $$
数字の1に$a$を$n$回掛けたものを$a^n$と書きます。ちなみに1に$a$を一回かけたものは$a^1 = a$です。$ a^n $の右肩に乗った数$ n $を指数と言いますね。
これから直ちに次の式が成り立つのがわかるでしょう。
   $$ a^m \times a^n = a^{m+n} $$
$a$を$m$回掛けたものに$a$を$n$回掛けたものをかければ、全部で$m+n$ 回掛けたことになります。
元の数の掛け算は、指数の足し算になりました。
$m>n$なら次の式が成り立つことがすぐわかります。
   $$ {a^m} \div { a^n} = a^{m-n} $$ 

これは割り算は分数で書けることと、分数の約分を思い出せばすぐわかります。上式左辺の分子分母$a$で約分していけば、$n$回できますから、その後は分母が消えて分子だけになりますがそれは$a^{m-n}$になることがわかるでしょう。
 以上元の数の掛け算割り算が指数の足し算引き算になるという話でした。
ついでに次の式もすぐ納得できると思います
    $$ (a^m)^2 = a^m \times a^m = a^{2m} $$
一般に
    $$ (a^m)^n = a^{mn} $$

これは累乗の累乗では、指数は指数の掛け算になるという法則です。

掛け算割り算と累乗

つぎに掛け算$a \times b $を$n$回掛けます。それは$ a $と$b$を$n$回掛けたものですが、掛け算の順序を入れ替えて良いことを考えれば

    $$ ({a \times b})^n = a^n \times b^n $$

人件費の例を使って演習

 ある企業があるとします。その企業は従業員に、人件費として総額一兆円を計上しているそうです。人件費は平均一人当たり平均一千万円だそうです。その企業は何人従業者がいるでしょう。
 このような問題は、経理担当の人物なら、簡単に解く問題でしょう。万とか、億とか兆とかは、彼らには日常に出てくる単位でしょうから。
 しかし物理学者は、この問題をこう考えます。人件費の総額がわかっている。また一人当たりの人件費がわかっている。これは単純に割り算の問題だ。人件費の総額を一人当たりの額で割れば人数が出る。
 ちょうどある組織がイベントを企画して、その必要経費がわかったとします。そしてそれを寄付で集めるとします。寄付の一人当たりの額は決まっているとします。例えば百円とか。そうしたら何人からの寄付が必要なの? 全く同じ問題で、総額を一人当たりで割れば、答えは出てきます。
 問題によれば総額は一兆円です。一方一人当たりの額は一千万です。一兆÷一千万を計算したら良いだけです。必要な式は小学生でもわかります。ただ大きな数であることだけが問題です。経理の人ならこの値は覚えているでしょう。あるいはゼロの数を数えるかも。
 物理学者はこう考えます。一兆は一万(十の四乗)を万・億・兆と三度繰り返した結果、十の12乗になっている。一千万は万(10の四乗)の千倍(十の三乗倍)をかけたものだから、指数は4+3=7だ。十の12乗を十の7乗で割るから、答えは十の5乗だ。つまり10万だ。答えは十万人の従業員がいるということです。10の累乗の掛け算、割り算を指数の足し算引き算に置き換えて、暗算でもできるように計算を簡単化します。
 上の段落の計算で、指数の計算が使われています。10進法の位取りで十、百、千、万はそれぞれ十の一乗、二乗、三乗、四乗を意味します。その後十万、百万、千万、一億は十の五乗、六乗、七乗、八乗となります。また億、兆は万(十の四乗)の二乗、三乗です。大体これくらいが通常の金額単位ですが、万の四乗は京となります。高速コンピュータが京と名付けられた理由です。
 ついでに書いておきますと、日本では古代中国に倣って万(十の四乗)を単位として万、億、兆と進みますが、西欧では古代ローマ帝国を倣って、キロ、メガ、ギガ、テラと進みます。これはそれぞれ10の三乗、六乗、九乗、十二乗になります。これは近年のパソコン関連の進歩で、常識になりつつありますね。
 さて先ほどの計算、それだけでは不十分だとお思いでしょう。一兆÷一千万は特別な場合に過ぎない。例えば三兆五百六十億÷五千三百三十万はどうなるのだ。
 これについては次のようにします。三兆五百六十億=3.056×一兆=3.056×$10^{12}$
つまり一番大きな位(この場合は一兆)の何倍かを考え、それの一兆倍であると書き直します。このばあい3.056であることに注意です。3.56ではありません。千億の位がゼロで元の表記では抜けていますから、きちんとその位の値0を戻してあげないと重大なエラーになります。
 さてそれをもとに与えられた計算を実行します。その値を$A$とすれば
\begin{eqnarray}
  A &=& (3.056 \times 10^{12}) \div (5.33 \times 10^7 ) \\
   &=& \frac{3.056 \times 10^{12} } {5.33 \times 10^7}
   = \frac{3.056}{ 5.33} \times \frac{10^{12}} {10^7} \\
   &=& 0.573 \times 10^5 = 5.73 \times 10^4
\end{eqnarray}

つまり約5万7千3百人だとわかりますが、この計算法の要点は、電卓で計算する数値部分(一の位から始まる小数で表せる)と、10の累乗の部分を分けると計算が楽にできるということです。

地球全体に降り注ぐ太陽エネルギーの量の計算

 さてそれではゆうこたなかさんに文系人には難解すぎると言われた「文系人のためのエネルギー入門」のなかで典型的な計算をやってみましょう。地球に降り注ぐ太陽パワーの量の計算です。「文系人・・」では65ページにあります。
 太陽定数は環境を考えるとき、必ず出てくる定数です。地球軌道上で測った量です。人工衛星などで測定できます。太陽に向かって垂直に$1m^2$の板を置くと、その板に当たる太陽パワー(一秒あたりの太陽エネルギー)は、常にほぼ一定になります。これはこれから千年後もほとんど変わらないでしょう。これを太陽定数と言います。そしてその値は1.37kW/$m^2$です。これは実測値になります。
 さて地球に降り注ぐ太陽エネルギーはパワーにしてどれだけになるでしょうか? 単位面積当たりの値がわかっていますから、「どれだけの面積に」がわかれば、降り注ぐ総量がわかります。「地球の面積に」ですが、地球表面の面積にではなく、太陽から見て地球はどれだけの面積を持つかになります。これは断面積と呼ばれていますが、断面積の説明は「文系人の・・」に与えられていますから、ここでは繰り返しません。
 太陽から見れば地球は円形に見えます。ちょうど地球から見て太陽が円形に見えるように。
 そしてその円の周囲(円周)は4万キロメートルです。これは覚えておいていい数字です。何故なら1メートルは本来、北極から赤道までの距離を一万キロメートルとして決められた量だからです。そうすれば地球一周は4万キロメートルになります。半径を$r$として、円周は$2 \pi r$ですから

    $$ r= \frac{4 \times 10^4} {2 \pi} km = \frac{2}{ \pi } \times 10^4 km = \frac{2}{\pi } \times10^7 m $$

ただし最後の式の変形は、太陽定数が平米単位で表されていることを考慮して、半径をkm単位からm単位に変更しておきました。したがって太陽から見た地球の面積$S$は平米単位で

    $$ S = \pi r^2 = \pi \times ({\frac{2}{\pi} \times10^7})^2 = \pi \times ( \frac{2}{\pi})^2 \times (10^7)^2 $$
$\pi$も含めて数値の計算部分と10の累乗計算の部分に分かれたので、それぞれを計算すると
    $$ S = \frac{4}{\pi} \times 10^{14} $$
となります。この段階では、まだ電卓を使った数値計算は必要ありません。
さて最終的に地球に降り注ぐ太陽パワー(一秒に降り注ぐエネルギー)$P$は、これと太陽定数の積ですから
$$ P = 1.37 \times S = \frac{ 1.37 \times 4}{ \pi} \times 10^{14} = 1.74 \times 10^{14} kW$$
この数値を通常の読み方に直せば、$10^{14}$は$10^{12}$が一兆でその100倍ですから、174兆kWということになります。この大きさのエネルギーが常に多様な別のエネルギーに変わり、地上のすべての現象を生み出し、そして174兆kWのエネルギーが常に地球から(ほとんどは熱エネルギーとして)宇宙へ流れ去っているわけです。

人類が消費する化石燃料と比べれば

 人類が全世界で消費する化石燃料は、IEAのHPからわかります。年ごとの生産量が示してあるからです。生産(採掘)は絶えず行われ、消費も絶えず行われていますから、生産量はそのまま消費量と考えていいでしょう。現在の時点で、IEAのHPには2020年の値までしか載っていません。この年はコロナで経済が落ち込み始めた年ですから、その前の年より少し生産量が下がっています。そこでその前の年の2019年で調べてみます。
 PJ(ペタジュール)という単位を使っています。ペタはテラの次の上の単位で$10^{15}$を表します。生産量は石油190595PJ、石炭167462PJ、天然ガス143443PJでした。総計をすれば501500PJとなります。まずJ(ジュール)に直します。$501500 = 5.015 \times 10^5$ですから501500PJ$=5.015 \times 10^{20}$Jとなります。この量が一年間の量ですから、一秒に直すためには一年が何秒あるかで割ってあげると、一秒あたりの消費エネルギー(パワー)が単位Wで求められます。それを$C$で表すと
\begin{eqnarray}
C &=& \frac{5.015 \times 10^{20}}{365 \times 24 \times 3600} \\
 &=& \frac{5.015 \times 10^{20}}{ 3.65 \times 10^2 \times 2.4 \times 10^1 \times 3.6 \times 10^3} \\
&=& \frac{5.015}{3.65 \times 2.4 \times 3.6} \times \frac{10^{20}}{ 10^2 \times 10^1 \times 10^3} \\
 &=& 0.159 \times 10^{14} \\
&=& 1.59 \times 10^{13}  (W)
\end{eqnarray}
この$C$を$kW$単位で表すとキロは$10^3$でしたから
\begin{eqnarray}
C &=& 1.59 \times 10^{13} \div 10^3 \\
&=& 1.59 \times 10^{10} kW
\end{eqnarray}
$10^{10}$は100億ですから159億kWとなり、地上に降り注ぐ太陽エネルギーの約一万分の一の値になっていることがわかります。これをどう考えるか、人類の思考力・想像力が今問題になっているわけです。